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 数年前までアメリカヤフーのオンラインチェスにハマっていた時期があった。英語でのスラング混じりのチャットが面白く、” hi ”などど国際人よろしくゲームを始めていたが、ひとつだけ意味が分からない言葉があった。” ASL ”という語で、なぜか頻繁に挨拶で用いられていた。しばらくは分からないままに同じ語を返していたが、さすがに気になったので、ある時こちらが日本人で英語が分からない旨を明かした上で訊いてみると、“ Age Sex Location ”という答えが返って来た。
 
 日本語で言うなら、「住所氏名年齢職業」といったところだろうか。しかしなぜ挨拶で使われるのか。ひょっとしたら相手の事を訊いていたのだろうか。が、クェスチョンマークは付いていなかったような気がする。試しに差別語かと訊いてみたが(チャットでは罵詈雑言も少なくなかった)、” No ”とのことだった。
 
 そのうちチェスにも飽きて、結局のところ分からずじまいだったが、もうひとつ意味が分かりそうで分からない言葉があった。チェスでのチャットとは関係ないが、” Chicken farm “という語で、なぜかその場所がそう呼ばれていた。
 
 2007年に訪れた、カンボジアのクロンココンという街での話です。



 僕には珍しいことだが、この時の旅にはちょっとしたテーマがあった。「もうひとつのカンボジア」というもので、「アンコールやプノンペンだけがカンボジアではない。他にも魅力のある街や村がたくさんあるはず。ならばルート上にあるプノンペンはともかくアンコールワットは避けて、それらの地域を廻ってみよう」などと殊勝なことを考えていたわけだ。それで端から攻めようということで、シャム湾に面したタイのトラートから国境を越えて、十年ぶりとなったカンボジアの旅がスタートした。
 
 車が右側通行になったこと以外に、タイから違う国に入ったという実感はなかった。道は綺麗に舗装されていて、たまたま出会った日本人とシェアしたタクシーの乗り心地も、運転手の柄の悪さは気になるものの、すこぶる快適だった。しかし大きな橋を渡った瞬間に風景が一変した。赤土とバラックの連続である。
 
 国境を越えた途端に貧しくなったという感じだろうか。むかしケニアからウガンダに入った時にも似た印象があったが、砂埃を上げバラック(実際には普通の商店街だが、日本やタイから時を経ずに来た者の目にはそう映った)の合間を揺れながら徐行する車中にいて、はじめて違う国に来たという実感が湧いてきた。

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Krong Koh Kong/Cambodia 2007
 
 馴染みの展開どおりに、タクシーは一軒のゲストハウスの敷地に入っていった。ここからが勝負である。案内されたダブルベッドにトイレとシャワーが付いた部屋は綺麗で、言い値は200バーツだった(後に行ったパイリンもそうだったが、タイとの国境に接した街では、宿や食堂などでタイバーツが普通に流通していた)。僕が150と言うと、とんでもないと若い男主人が渋る。じゃあ他に行くよとリュックを担いだまま歩き出すと、「アイライクユー」と半笑い状態で主人が抱きついてきた。連れてきた運転手も焦って、「ここはレディーボンボンに最適な場所だ」などと援護射撃を放つ。
 
 勝ちが見えてきた。別にそれが目的で来たわけではないが、確かに連れ込みの環境は整っていた。本音を言えばここで良い。が、気に入った素振りを見せると勝ちが遠のくので適当に振舞っていると、あっさり150で落とすことが出来た。ところで一緒に来た日本人だが、彼は日程に余裕がなく、ココンには日帰りの予定だった。一段落して昼食という展開になったが、「彼(運転手)が知ってる店に連れてってくれるらしい」という日本人の申し出を断り、この宿でとることにした。ここで運転手との関係を絶ったほうがいいと考えたからで、もちろん日本人の彼に対して他意はない。

 img425.jpg
Krong Koh Kong/Cambodia 2007

 国境の街特有の猥雑さとは裏腹に、ココンの街には健全な雰囲気が溢れていた。健全な雰囲気というと語弊があるが、カメラを手に歩いていると、好意的な視線を送ってくる人が少なくなかった。だから僕が苦手とする、「人の写真」も撮りやすかった。カンボジア自体が人の写真を撮りやすい場所だと思うが、とりわけココンでの撮影散歩が一番印象に残っている。

 タイとの国境という地理条件ゆえ、ココンには多くの外国人が訪れる。しかし旅ブログなどを見る限り腰を落ち着ける旅行者は少ないようで、多くはシハヌークヴィルやプノンペンとを繋ぐ中継点と捉えているようだ。とはいえ滞在していると思われる外国人の姿がないわけではなかった。携帯を所有していたりバイクに乗っていたりと旅行者という感じはしなかったが、帰国してから調べてみると、パタヤなどタイで働いている人達がビザリニューアルのために来ることもあるようだ。
 
 そんな人達のためかどうかは分からないが、通りには外国人を当てにしたと思われるゲストハウスや、プールテーブルを備えたレストランバーが目に付いた。そしてそんな人達のためかは知らないが、かってのプノンペンを想わせるような感じの風俗店が辻々にあった(長年の勘というか哀しい性というか、その種の店は即座に目に付いてしまう)。そのうちのひとつが、やや郊外に位置する、” Chicken farm “だった。
 
 ようやく本題に入りましたが、長くなったので続きます。

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Krong Koh Kong/Cambodia 2007
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